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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)3031号 判決 1971年8月17日

控訴人 岡島喜六

右訴訟代理人弁護士 河合怜

被控訴人 日東光機株式会社

右訴訟代理人弁護士 鈴木保

右復代理人弁護士 遠藤義一

主文

1、原判決を取消す。

2、被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡し、かつ昭和四〇年六月一日以降右明渡ずみまで一カ月金二万円の割合による金員を支払え。

3、訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

4、この判決は、控訴人が金三〇万円の担保を供したときは、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、主文1ないし3項と同旨の判決および仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、控訴人の陳述

1.被控訴人に明渡を求める建物の表示を別紙物件目録記載のとおり改める。

(以下右建物を本件建物という。)

2.仮りに、訴外染野実と被控訴人間に本件建物賃貸借契約が成立したとしても、それは通謀による虚偽表示であるから無効である。

(一)本件建物の前所有者染野実は、昭和三五年頃被告に対して負担していた約一五〇万円の債務の代物弁済として、本件建物の所有権を被控訴人に譲渡し、引きつづき控訴人から右建物を賃借していたが、昭和三七年四月二四日右賃貸借契約を合意解除して右建物を被控訴人に明渡し、被控訴人の提供した工場の一部に移転した。右契約関係については、右両者間の東京北簡易裁判所家屋明渡和解事件につき昭和三七年六月七日和解調書が作成されている。

(二)本件建物には、昭和三六年八月五日訴外王子信用金庫に対する被控訴人の債務のため根抵当権が設定されている。右設定者は、名義上は染野であるが、実質的には被控訴人である。

(三)乙第二号証(賃貸借契約書)は昭和三九年頃作成された内容架空の契約書であり、その賃料は一度も授受されていない。

(四)控訴人は、本件建物と同じ棟の隣家を染野から賃借していたのであるが、昭和三七年染野が転居する際同人から、本件建物を被控訴人に譲渡した旨通告されたことがある。

以上の事実からみて、被控訴人の主張する賃貸借契約は架空のものである。

3.仮りに、右主張が理由がないとしても、控訴人は被控訴人に対し、本訴状によりもしくは昭和四五年三月一九日付準備書面により、本件建物賃貸借契約の解約の申入れをした。右解約申入の正当事由は次のとおりである。

(一)控訴人が居住している本件建物の隣家は、六畳、四畳半の二間だけの手狭な家屋で、そこに控訴人は妻と四人の子供とともに居住している。控訴人の父喜一(七七才)はやむなく数百米離れたところに賃料月九、〇〇〇円で間借りしている状態である。控訴人が本件建物を競落したのは、実父を引きとり同居しようと考えたからである。

(二)一方被控訴人は、現在倒産して事業を停止しており、本件建物を空家としている。

(三)また被控訴人の本件建物賃借権による占有取得は、本件建物競売の基礎となった抵当権設定後であり、右賃借権は民法第三九五条の短期賃貸借であること、右抵当権の被担保債権の債務者は被控訴人自身であることおよび被控訴人は控訴人の求めにかかわらず、賃借権の存在を明らかにせず、いまだに賃料の提供をしていないことも、正当事由の存否の資料として参酌せられるべきである。

二、被控訴人の陳述

1.控訴人の主張2の(一)の事実中、その主張のような即決和解が成立したことは認めるが、その余は否認する。

右即決和解は、染野の他の債権者の追及を免れるためと染野の家族に本件建物の明渡を納得させるために成立せしめたものである。

同(二)の事実中、根抵当権設定の事実は認めるが、その余は否認する。当時染野は王子信用金庫と取引がなかったので、被控訴人の名義を使わせたにすぎず、金融を受けたものは染野である。

同(三)の事実中、被控訴人が賃料を支払っていないことは認めるが、その余は否認する。賃料は貸金返済の際清算する特約があった。

同(四)の事実は否認する。

2.控訴人の主張3の事実中、正当事由に関する部分はすべて否認する。

控訴人は、本件建物競落後被控訴人に対し理由なく本件建物の明渡を迫り、壁を破ったり、自己の荷物を建物内に搬入したり、出入口を釘付けにしたりして、被控訴人の本件建物使用を妨害したため、一時営業をやめている。

また控訴人の父は、近所に居を構え古物商を営み、長年別居生活をしており、今更同居の必要はない。

三、証拠関係<省略>。

理由

本件建物がもと訴外染野実の所有であり、控訴人が昭和四〇年三月二五日これを競落してその所有権を取得したこと、被控訴人が遅くとも昭和四〇年六月一日以降本件建物を占有していることは、当事者間に争がない。

被控訴人は、昭和三五年春頃右染野から本件建物を期限の定めなく賃借し、その引渡を受けた旨主張し、被控訴人代表者本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第二号証(建物賃貸借契約書)には、染野(賃貸人)と被控訴人(賃借人)間で昭和三六年三月三一日本件建物につき賃料を月七〇〇円とし期限の定めのない賃貸借契約を結んだ旨の記載があり、成立に争いのない乙第五号証(金銭消費貸借契約公正証書)には、昭和三六年三月三一日松本寅雄(被控訴人代表者)から染野に対し三〇〇万円貸与するとともに染野から松本に対し本件建物を前同様の約定で賃貸し、右債務不履行の場合は代物弁済として松本が本件建物の所有権を取得しうる旨の記載があり、原審および当審における被控訴人本人尋問においても被控訴人の右主張に沿う供述がなされており、また成立に争いのない甲第一九号証(乙第七号証と同一)および乙第八号証には、染野実および被控訴人代表者の供述として右と同趣旨の記載(ただし賃貸借の時期については、甲第一九号証では昭和三七年四月、乙第八号証では昭和三六年三月となっている。)が存し、なお成立に争いのない甲第五、六号証にも、本件建物の競売手続における調査報告として同様の記載が見られる。これらの証拠によれば、被控訴人の前記主張を肯認しうるかのようにみえる。

しかし、<証拠>を総合すると、次のような事実が認められる。

1.訴外染野実は、本件建物に居住し、昭和三四年頃から距離計付双眼鏡の発明製作の事業に従事し、完成の暁には被控訴人にこれを販売させる約束のもとに、その事業資金を被控訴人に仰ぎ、昭和三六年末頃にはその借入債務は約三〇〇万円に達した。右債権の回収を危んだ被控訴人代表者松本寅雄はその頃染野に対し本件建物を担保に供するよう要求し、染野はこれに応じて本件建物の権利証を松本に交付した。

2.昭和三七年四月頃染野は右事業に失敗し、被控訴人に対する前記債務を返済する見込が立たなくなった。そこで松本は染野に対し本件建物の明渡を要求し、染野は同年四月二四日右建物から退去してこれを明渡した。被控訴人は爾後本件建物に入居し工場として使用してきた。

3.同年六月七日被控訴人は染野を相手方として東京北簡易裁判所に即決和解の申立をなし、昭和三五年以降被控訴人が染野に賃貸してきた本件建物の賃貸借契約を昭和三七年四月二四日限り合意解除し、染野は右建物を明渡したこと、染野の立退先として被控訴人所有の工場建物の一部を六カ月間無償貸与すること等の条項を含む和解調書(甲第七号証)を作成した。

4.昭和三七年秋頃本件建物敷地の所有者である訴外福田福太郎は被控訴人および染野に対し、本件建物を収去してその敷地の明渡を求める訴訟を提起した。右訴訟において染野は、当初本件建物は被控訴人に対する債務の代物弁済としてこれを譲渡した旨の答弁をしたが、後にこれを被控訴人に貸与した旨答弁を訂正した。

5.本件建物は、被控訴人が王子信用金庫から融資を受けた債務の担保として、昭和三六年八月五日債権極度額三〇〇万円の根抵当権設定登記がなされていたが、右金庫の申立により競売手続が開始され、昭和三八年一〇月一〇日その旨の登記がなされ、同手続が進行していた。

6.右訴訟ならびに競売手続の進行中である昭和三九年三月七日被控訴人の要求により前記乙第五号証の公正証書が作成された。前記乙第二号証の賃貸借契約書は、作成日付は昭和三六年三月三一日となっているが、右公正証書作成の際日付を遡らせて作成されたものである。(この事実は、乙第二号証に記載されている本件建物の所在地および染野の住所が板橋区清水町八八番地となっていることと、成立に争のない甲第八号証によって認められる本件建物の敷地の町名地番がもと板橋区本蓮沼六番地であったのが昭和三六年五月一日から前記のように改められた事実とを対比しても、これを推認するに十分である。)

7.控訴人は、染野から本件建物の棟つづきの隣家を賃借していたが、昭和三七年六月頃染野に賃料を持参したところ、染野から今後賃料を被控訴人に支払うよういわれた。

以上のとおり認められる。<省略>。

右認定の事実と被控訴人の自認する被控訴人から染野に対する本件建物使用の対価が支払われたことがない事実を併せ考えると、本件建物が染野から被控訴人に引渡された時期は昭和三七年四月二四日であり、それは当時染野が被控訴人に対して負担していた約三〇〇万円の債務の譲渡担保もしくは代物弁済として所有権を、移転する趣旨でなされたものであり、乙第二号証の賃貸借契約書および乙第五号証の公正証書はいずれも、当時地主から提起されていた本件建物敷地の明渡訴訟ならびに進行中の本件建物競売による競落にそなえて、被控訴人の本件建物の占有権を確保しようとの意図のもとに、被控訴人代表者が染野と意を通じて右建物の賃貸借契約を仮装して作成したものと認めるのが相当である。被控訴人は、甲第七号証の即決和解調書は染野の債権者の追及を免れるためと同人の家族を本件建物から立退かせるための便宜上作成したものである旨主張するが、当時染野の債権者として被控訴人以外にどのような者が存在したか明らかではなく、また右和解調書が作成された時期は染野が家族とともに本件建物から立退った後のことであって、右主張に沿う当審被控訴人代表者本人の供述は措信しがたく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。なお被控訴人は昭和三五年春頃本件建物の引渡を受けたと主張するが、これを認めえないことは前記認定のとおりである。

以上により、被控訴人が乙第二号証を根拠として主張する本件建物賃貸借契約は、通謀虚偽表示に基づくものであって無効というべきである。とすれば、被控訴人の本件建物占有は、控訴人に対抗しうべき権原を欠くものといわなければならず、原審被控訴人代表者本人尋問の結果によれば、昭和四〇年六月当時の本件建物の相当賃料は一カ月二万円(坪当り一万円)であることが認められるから、その余の争点につき判断するまでもなく、控訴人の本訴請求はすべて理由があり、これを認容すべきである。

よって、右と結論を異にする原判決を取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菅野啓蔵 裁判官 渡辺忠之 中平健吉)

<以下省略>

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